ハクソー・リッジと那覇基地航空祭の旅#6(前田高地#3)
                                             2018年 6月27日更新                                                                                                

 12時を過ぎ、当初の計画だと那覇基地航空祭に行き、模擬店で何か食べようと思っていましたが、前田高地の戦跡の重みに圧倒されて、もっとじっくりと前田高地の戦跡を見学したくなりました。 午後も前田高地の戦跡視察を続けます。

 突然、爆音が響き上を見上げると、大型ヘリコプターが上空を通過していきます。

 普天間基地に着陸する海兵隊のCH-53Eスーパースタリオン輸送ヘリコプターです。
 
 

 前田高地の上空で右旋回してベースレグからファイナルアプローチコースに入ります。
 
 
 
 CH-53Eは大型の輸送ヘリコプターですが就役してから35年以上経過している老朽化しており、海上自衛隊も同型のヘリコプターを使用していましたが、この年(2017年)の3月に全機退役しています。

 普天間基地のCH-53Eですが、この2日前(2017年12月7日)に普天間基地を離陸直後に落下物の事故を起こしています。滑走路の延長上に近い保育園の屋根に、飛行前に取り外さなければならないセンサーの透明プラスチックカバーが落下しました。
 海兵隊はこのカバーは飛行前に外していると主張し、日本側と意見が対立しています。沖縄県は飛行停止を求めましたが、アメリカ軍は機体そのものの欠陥ではないと言うことで、この日も飛行していました。
  
 そしてさらに4日後(12月13日)に普天間基地に隣接する普天間第二小学校運動場に、操縦席左側の窓が落下し、落下の衝撃で小石が飛び小学生の腕に当たるという事故が起きています。


 昼食は那覇基地航空祭の模擬店でと思いましたが、事前にGoogleMapで公園内に良さそうなカフェがあるのを見ていたので、こちらで昼食をとることにしました。

 
 
 GoogleMapで見たときには、屋外にパラソルもあるので、今風のカフェかと思いましたが、実物は高地の西斜面に建つ今風のカフェというより、山小屋風のカフェでした。
 入るとすぐに、キッチンと受付カウンターがあって、掲げられたメニューを見て注文します。
 メニューはピザ(ツナマヨ・シーフード・ミート)大1,300円 小250円、パスタ各種400円、ホットドック180円、ハンバーガー250円、レギュラーブレンドコーヒー・エスプレッソ150円他、各種ソフトドリンク 小100円、大200円とカフェにしては格安な価格です。 

 

 内装は、まさに山小屋風。細い柱に風除け雨除けの透明ビニールが貼られています。台風の多い沖縄で大丈夫かと思いましたが、シートを外して風が抜ける構造になっているので、台風を過ぎ越すことが出来るのではないかと思います。

 

 カフェには初老の男の人の店主独りしかいないので、調理が終わるとテーブルまで運んできてくれます。

 注文したのがホットサンド250円とチョコリーノ200円です。
 カフェメニューにしては安すぎる値段に、味の方は期待していなかったのですが、ホットサンドもボリュームがあって、かつ美味しかったです(^_^)
 200円のチョコリーノも大きなカップに美味しいホットチョコレートでした。
 なんの予備知識なく来たので、美味しいランチとの意外な出会いに満足しました(^_^)
 
 

 他の客がいなかったので、調理が終わった店主が隣のテーブルにやってきて、気さくに話しかけてくれます。
 店主は引退後のたしなみみたいな、あまり商売っ気を感じさせない人柄で、浦添公園のいろいろな話や、沖縄の観光の現状の話を聞かしてくれたりと、地元の情報を聞かせてもらいました。
 話が長引いたので、追加でブルーシールのアイスクリーム270円を追加注文し、ますます那覇基地航空祭に行くのが遅くなりますが、楽しい時間を過ごしました(^_^)
 また来て、パスタなどの料理も食べてみたいと思いました。 


 カフェを出て再度、ハクソー・リッジに行くと、聞き慣れない静かな爆音が聞こえてきます。
 見上げると、今の普天間基地の顔、海兵隊のMV-22Bオスプレーが着陸のために飛行してきました。
 先ほどの大型輸送ヘリCH-53Eスーパースタリオンに比べたら、かなり小さな飛行音です。

 

 今まで海上自衛隊の観艦式でオスプレーが飛んでいるのを見ましたが、着陸するところは初めて見ました。

 

 浦添公園の上空で固定翼機らしく大きく捻って、アプローチコースに乗ります。 オスプレーはスピードが速いので、あまり騒音を感じさせず、ヘリコプターよりもいいのではないかと思います。ヘリコプターに比べてスピード、航続距離ともに4倍なのが利点です。

 

 飛行場上空に達すると、あっと言う間に固定翼モードから垂直離着陸モードに転換しました。
 
 

 垂直離着陸モードになるとヘリコプターに比べ、非常にゆっくりと滑走路のかなり前の方に着陸していきます。
 
 着陸後は、プロペラを斜め前に傾けてエプロンに向かって行きます。
 嘉数台の展望台程ではないですが、前田高地からも結構、普天間基地への離着陸風景を見ることが出来ます。

 


 沖縄に来る前に、何冊も前田高地の戦いに関する本や、生存者の手記を読んできたので、生存者が籠もった壕が何カ所も残っているので、それを見に行くことにします。
 実際に本に出てきた壕の名前が浦添城址の案内Mapに載っています。今度はアメリカ軍が攻めた反対側の反斜面陣地になっていた辺りを回ります。
 
 


 浦添城再建のための発掘調査が浦添市教育委員会によって行われています。

 

 この日は作業を行っていませんでしたが、発掘現場は外から見えるように工夫されています。

 



 日本軍の反斜面陣地があった南西側のゆるやかな斜面を下っていきます。

 

 下る道は石畳。
 この石畳は由緒ある石畳で、琉球王朝時代に旧城である浦添城と、新城である首里城を結ぶ古道です。
 もちろん戦争で破壊されて、復元されたものだと思いますが。

 

 石畳を下っていった先にあるのが、浦添大公園南エントランス管理事務所です。
 
 

 入口には映画ハクソー・リッジのポスターが貼られ、中の多目的展示室には、ワークショップのコーナーと浦添城の歴史や沖縄戦の前田高地に関する展示がありました。
 
 なかでも前田高地の立体模型が置かれており、ボランティアの方から当時のアメリカ軍の進撃方向などを、立体模型を使って説明してくださいました。
 本で得た知識が、立体地図で確認出来ました。

 

 当時のアメリカ軍は沖縄方面最高司令官のバックナー中将(沖縄戦で戦死)の指揮で、陸軍も海兵隊も戦線を横にまっすぐ横に展開することにこだわり、前田高地でも正面の崖を登って攻略することにこだわり、多くの犠牲を出しました。

 ヨーロッパ戦線の第三軍司令官パットン中将は、ドイツ軍の敗北が決まってからは、戦闘を求めて太平洋戦線、(実際には不可能なことですが)沖縄に来たくてしょうがなかったようですが、機甲戦術に長けたパットンならば、抵抗の続く前田高地を正面から無理責めせず、部隊を日本軍の守りの薄いところから浸透させて、前田高地を裏側から戦車を使用してもっと犠牲を少なく、日本軍の抵抗を排除したかと思います。(シュガーローフの戦いでは、結局戦車が丘の裏側に回り攻撃したことが勝因の一つとなりました。)


 高地の麓付近に点在する壕群を見学に行きます。
 
 建物を出ると、まだ上空に爆音が響き、2機編隊の海兵隊のF/A-18戦闘攻撃機(おそらく岩国基地所属機)が普天間基地への着陸コースを行きました。
 着陸を見たかったのですが、もう高地から降りてきているので着陸シーンを見ることが出来ませんでした。やはり浦添公園上空で旋回して着陸していきました。
 F/A-18は離陸時の騒音が凄まじい機体ですが、さすがに着陸時は静かな爆音でした。

 

 壕群に向かう道は、綺麗な遊歩道に整備されています。

 

 高架歩道になっている部分もあり、南国のリゾート地のような雰囲気もあり、悲惨な戦場跡だということを忘れてしまいそうです。
 すれ違う人びとは、日本人よりも外国人の家族連れ(アメリカ軍関係者か)の方が多く、この日は外国人の方が戦跡巡りをしていました。

 高架橋から横に、壕の入口に行くための通路が設けられています。

  

 案内板が朽ち堕ちていますが、守備隊のカンパンが備蓄されていた壕です。

 

 高地の陥落後、何回かアメリカ軍が壕の入口から攻撃を行いましたが、中の日本兵は耐え忍びました。

 

 缶詰壕もその名の通り、缶詰が備蓄されていた壕です。
 
 

 この壕も中に隠れていた生存者がいたので、見取り図が書かれています。

 
 
 壕内が見学出来るように整備するのには、多額の予算が必要になります。
 壕も時間経過と共に、次第に自然に戻っていくのだと思います。


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